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2026.08.24

A級戦犯を祀る「殉国七士廟」(愛知県西尾市)へ

目次

A級戦犯として処刑された東條英機ら7人が眠る

8月は戦争とその惨劇を振り返る行事(6日「広島原爆の日」、9日「長崎原爆の日」、15日「終戦記念日」)が続くことから、前回に続いて今回も戦争にまつわる話題を取り上げます。本コラムでは、著名人のお墓を度々紹介しましたが、今回はA級戦犯として処刑された東條英機ら7人のお墓「殉国七士廟」(写真上)を取り上げます。

弁護士らが協力し火葬場から遺骨を奪還

愛知県西尾市の三ヶ根山スカイラインの山頂近くから脇道に入った山中のお墓に、東條英機ら7人の軍人・政治家が祀られていることはあまり知られていません(東條英機のお墓は、これとは別に都立雑司ヶ谷霊園にもある)。脇道の途中に「殉国七士廟」と刻まれた大きな石の門柱がありますが、これは第56、57代内閣総理大臣を務めた岸信介氏(安倍晋三総理の外祖父)が揮毫したものです。なぜこんな山奥にA級戦犯のお墓があるのでしょう。7人は東京・巣鴨拘置所で絞首刑に処された後、横浜市久保山の市営火葬場で火葬されました。GHQマッカーサー元帥は、遺骨を家族に返還する気がなかったため、弁護士や久保山の興禅寺住職、火葬場長らが協力し、遺骨奪還を試みます。遺骨の一部を骨壷に入れて隠すことに成功しますが、お香を炊いたことで米兵に見つかり骨壷は没収。しかし、遺骨本体はすでにトラックに積み込まれていたため、その遺骨を粉砕・攪拌し、引き取り手のない骨捨て場へ遺棄しました。それを知った弁護士らが夜半、火掻き棒の先に空き缶を付けて、3m以上深さのある骨捨て場の底から真新しい焼骨を掬い取り、骨壷に収めたそうです。その後、7人の遺骨は興禅寺、興亜観音堂(静岡県熱海市伊豆山)を経て、昭和35(1960)年に三ヶ根山頂に完成した「殉国七士墓」(岡山県産「万成石」)に埋葬されました。建墓を進めたのは、東京裁判で弁護人を務めた弁護士たちで、廟の設計は、宮内省御用達として知られる東京・青山の石材店「石勝」が請け負いました。

近くの三ヶ根観音には約50万人の戦没者を祀る比島観音霊場も

三ヶ根山頂の三ヶ根観音(太山寺)には、太平洋戦争のフィリピン戦線の戦没者約50万人を祀る比島観音霊場があり、周辺には大小40基余りの戦没者慰霊碑が建立されています。三ヶ根山に行かれる方は、殉国七士廟とともに、こちらの慰霊碑もぜひお立ち寄りください。そして、彼らのお陰で現在の平和な暮らしがあることを実感し、感謝の念を捧げてもらいたいと思います。