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2026.06.29

愛知・蒲郡市の黒川氏設計の慰霊平和塔が解体へ

目次

老朽化した平和塔の修繕・維持が見送られた理由とは

日本を代表する建築家の一人、黒川紀章氏(1934~2007年)。丹下健三の門下生で、山形県の寒河江市役所庁舎や国立民族学博物館(大阪府吹田市)、埼玉県立近代美術館(さいたま市浦和区)、広島市現代美術館(広島市南区)、ゴッホ美術館新館(オランダ・アムステルダム)、豊田スタジアム(愛知県豊田市)、長崎歴史文化博物館(長崎市)、国立新美術館(東京都港区)などを設計したことで知られます。その黒川氏が設計した、愛知県蒲郡市にある戦没者慰霊平和塔(写真上)が今秋にも取り壊されることになりました。左右から伸びる細長い帯が中央で合わさり、天に向かって伸びていくようなデザインですが、老朽化により外壁(大理石)の一部が剥がれ落ち、2024年8月から立ち入り禁止になっていました。

平和塔は、1977(昭和50)年に市の補助や市民の寄付によって約8980万円かけて建立されたもので、市遺族連合会が毎年秋に慰霊祭を実施していました。しかし高齢化やコロナ禍で参加者が減少したことで、同連合会は23年3月末で解散。それに伴い平和塔を修繕・維持する案も消滅し、約5020万円かけて解体することになりました。その意向は黒川紀章建築都市設計事務所にも伝えてあり、すでに了承済みとのこと。今月初めの記者会見で、蒲郡市の鈴木寿明市長は「別の形で異例の意味を持つエリアやモニュメントをつくるよう検討する」と述べています。

慰霊碑や慰霊塔が抱える将来的な課題

黒川氏は1959(昭和34)年に、日本の若手建築家・都市計画家グループの一員として「メタボリズム」(社会の変化や人口の成長に合わせて、都市や建築を有機的に成長させること)という建築理論を提唱しています。当時と現在では、社会情勢や人口動態などは大きく異なりますが、今回の解体もメタボリズム理論によって導かれた一つの運命なのかも知れません。お墓も少子・高齢化により承継できず、改葬(いわゆる「墓じまい」)せざるを得ないケースが慢性的に増えていますので、慰霊碑や慰霊塔に関しても同じような課題・問題が起きていることは容易に想像できます。しかし両者の決定的な違いは、一般墓は基本的に個人の所有物であるのに対して、慰霊碑等は企業や団体、行政などによって所有・管理されていることが多く、その最終的な連帯責任(義務)があることです。今後も全国で慰霊碑等を建立する計画はあると思いますが、そうした将来的なリスクも含めて慎重に検討する必要があるでしょう。