2026.04.21
60年ぶり神幸祭など、今年は干支由来の祭事が続々
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秩父34札所巡りで12年ぶりとなる「午歳総開帳」が開始
2017年12月26日付けの本コラムで、日本百観音の一つ、秩父34札所巡りについて少し触れました(他の2つは、西国33所と坂東33箇所)。その秩父霊場巡り(写真上、)で、今年は12年に一度、34すべての札所が一斉に御開帳する「午歳(うまどし)総開帳」が3月18日より始まりました(11月30日㈪まで)。総開帳は江戸時代から続く伝統行事で、普段は見られない秘仏の観音様(ご本尊)が厨子の扉を開けた状態で一般公開され、ご本尊と繋がった御手綱に触れることでご縁を深く結ぶことができます。期間中だけ授与される御朱印や特別散華のほか、スマートフォンを使ったデジタルスタンプラリーや、NFC(近距離無線通信)内蔵のお守りなど若者を意識した企画も用意されています。
千葉・多古町では、江戸初期から続く神幸祭を60年ぶりに開催
一定期間ごとに実施する祭事としては、長野県の諏訪大社で干支の寅と申の歳に(満6年間隔で)開催される「御柱祭(正式名は式年造営御柱大祭)」が有名ですが、去る3月8日、千葉県多古町の松崎神社で60年に一度(干支の丙午)の神幸祭が開催されました。こちらは江戸初期の慶長11(1606)年に五穀豊穣や無病息災を祈願して始まった祭礼で、今年で8回目。ただし60年前の記録はほとんど残っておらず、前回の宮司さんも他界しているため、地元宮本地区の住民が神幸祭保存会を設立。当時を知る数少ない人たちから話を聞いたり、古い写真などを手掛かりに5年前から準備を進めてきました。お神輿の修理は、文化庁の補助金を活用できたものの、高齢化で若者がほとんどいないため、担ぎ手をいかに確保するかという課題に直面。そこで成田市の北総神輿連合を通じて、近隣有志に協力してもらったほか、地元出身者に帰省を呼び掛けて実現できたそうです。また神幸祭の本祭は、匝瑳市の野手浜地区で行なうため、神輿を担いで海に入るお浜降りは、同市の住民と一緒に行ないました(開催に至る経緯や資料などは映像記録とともに残された)。
伝統行事はなぜ今日まで連綿と継続できたのか
それにしても、江戸初期に始まったお祭が、60年ごとの開催にも関わらず、現代まで途絶えることなく連綿と継続されてきたことに驚かされます。お墓参りもそうですが、その祈りの文化を陰で支えてきたのが人々の報恩感謝や信仰心(先祖供養)の篤さなのでしょう。
