2026.02.25
戦時中に犠牲となった数多の動物たち
目次
「飛び狛犬」の生みの親、小松寅吉のつくった神馬像
今年1月16日付けの本コラムで、福島県の石川町立歴史民俗資料館で開催された企画展「“迎角”寅吉・和平の世界~造形的視点から見た二人の石工~」(終了)を紹介しました。当地で活躍した石工で「飛び狛犬」の生みの親として知られる小松寅吉は、狛犬だけでなく、灯籠や石仏、大黒天、虎、龍、鶏などさまざまな石造物を手がけました。同町の近津神社にある石造神馬像(写真上)もその一つです。
どこかに違和感を感じる意外な理由とは
かつて石川町は馬の産地として知られ、1894(明治27)~95(同28)年の日清戦争では同町産の多数の馬が軍馬として徴用されました。大陸に送られた馬が帰国することはなく、その霊を鎮めるため1897(同30)年、寅吉によってこの神馬像がつくられました。「(寅吉は)知り合いの厩舎へ毎日通い詰めて制作した」というだけあって、威風堂々と立派な姿でありながら細部に至るまで写実的につくられています。しかしよく見ると、身体の趣きが左右で異なることに気づきますが、これは(牡馬牝馬の両方が軍に供出されたことから、性別を問わず平等に祀るため)雌雄同体としてつくられ、さらに参拝者の動線を考えて遠方と近く(境内)からの見え方を意図的に変えてつくられたということです。
我々の生活を支える「犠牲となった命」
戦時中に犠牲になった動物は軍馬だけではありません。愛玩動物として飼われていた多くの犬たちも殺処分となりました。ただし猟犬は対象外ということで、やむなく愛犬を猟師に預けたところ、食料不足の折、猟師の仲間内で食することになり、その肉の一部が飼い主のもとに送られてきたという逸話が先日、朝日新聞の投稿欄に掲載されていました(投稿者の父は「これも供養だ」と、涙ながらに口にしたが、投稿者は食べられなかったという)。もっとも我々が普段口にしている食物も、(その入手経路に違いはあるものの)動植物に由来するものばかりです。我々人間の営みや生活は、そうした尊い命の犠牲のうえに成り立っているのです。その事実を(軍馬は神馬像として、愛犬はその記憶を投稿することで)後世に伝え、冥福を祈ることが動物たちへの報恩感謝となり、最大の供養となるのでしょう。お墓はその命の連続性や有り難さに気づかせてくれる場所でもあるのです。
