2020.04.17
「お墓と相撲」の知られざる関係性
目次
「殉死」の是非をめぐる2氏の争い
日本の国技である相撲とお墓には、実は只ならぬ接点・関係があることをご存知でしょうか。『日本書紀』垂仁紀28(紀元前2)年条に「殉死(皇族や主君等の死に伴い、その陵墓に側近を生き埋めにすること)」に関する説話があります。それによると、古墳造営や祭祀に関係した土師氏の祖・野見宿禰が、その残酷な殉死を廃止すべく、代わりに人馬の埴輪を置くことを提案し、以後、それが習慣になったというものです。これに異議を唱えたのが、やはり皇族の祭祀に関わっていた当麻一族で、その決着を付けるために相撲神社(奈良県桜井市)で野見宿禰と当麻蹴速との間で日本初の天覧相撲が行なわれたのではないか、と言われているのです(これが相撲の起源とされる)。なお角力や相撲を表現した壁画や埴輪は、日本の古墳からも多数出土されています。
相撲は陵墓の前で行なわれる鎮魂儀礼だった!?
相撲で大地を力強く踏みつける四股は、陰陽道の「反閇」(天皇や貴人の外出の際に、邪気を払い、安泰を祈って行なわれる足踏み)の仕草に通じるものがあり、相撲は陵墓の前で行なわれる鎮魂儀礼だったのではないか、とも言われています(横綱土俵入りの露払いと太刀持ちも、ともに鎮魂や邪気払いの意味がある)。ちなみに土俵の櫓四隅の房の色は、「黒(玄武=北)」「青(青龍=東)」「赤(朱雀=南)」「白(白虎=西)」の4色で、これは古代中国の思想「四方守護の神獣」に由来するものです。いまでもお墓をつくる際に地鎮祭を行なう慣習が一部地域で見られますが、これも鎮魂儀礼の名残なのです(地鎮祭と相撲の共通点として、お清めの塩を用いることも挙げられる)。
国立競技場にあるモザイク壁画の正体は…
東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる国立競技場(東京都新宿区)が昨年11月に完成しましたが、そのスタジアム東側のエントランス両側に男女2体のモザイク壁画があります。この壁画は、いずれも旧スタジアムから移設されたものですが、その左側の勇ましい人物が実は野見宿禰なのです(右側はギリシャの女神像)。国立競技場に足を運ぶ機会があれば、ぜひご覧になってください。来年の東京五輪・パラリンピックで、こんなエピソードが日本文化の一端として世界中に紹介されるといいですね。